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福岡地方裁判所小倉支部 昭和49年(ワ)576号 判決 1977年1月14日

主文

一  被告らは各自、原告佐々木達也に対し、金八、六三五、三九三円、原告佐々木邦に対し、金一六六、四一二円を支払え。

二  原告佐々木達也、同佐々木邦のその余の請求および原告佐々木幸子の請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告佐々木達也、同佐々木邦と被告らとの間に生じたものはこれを二分し、その一を右原告らの負担とし、その余を被告らの負担とし、原告佐々木幸子と被告らとの間に生じたものは同原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

1  被告らは各自、原告達也に対し金一七、七四八、五四九円、原告邦に対し金二、七三〇、五四六円、原告幸子に対し金二、二五〇、〇〇〇円を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二請求原因

一  事故の発生

原告達也は、次の交通事故により傷害を被つた。

1  日時 昭和四七年九月二九日午前八時ごろ

2  場所 北九州市門司区高田一丁目門司鉄道病院先交差点

3  加害車 大型貨物自動車

右運転者 訴外池田準一

4  被害者 原告達也

5  態様 交差点内の横断歩道を横断歩行中の原告達也に加害者が衝突して轢過した。

二  責任原因

1  運行供用者責任(自賠法三条)

被告清水興業株式会社(以下、被告会社という)は、加害車を保有し自己のため運行の用に供していた。

2  使用者責任(民法七一五条一項)

被告会社は、その営業のため訴外池田準一を雇用し、同人が被告会社の業務の執行として加害車を運転中、前方に対する注視を怠たり漫然と時速約一五キロメートルで交差点に進入した過失により、本件事故を発生させた。

3  国家賠償責任(国家賠償法一条)

訴外入江修一および同友納一男は、門司警察署に勤務する司法警察員であるが、本件事故当日、本件交差点において、手信号により交通整理をなしていたものであるところ、原告達也が右交差点内の横断歩道を横断歩行中であつたにもかかわらず、訴外池田の運転する加害車が右交差点へ進入するのを防止する措置を講ぜず、右過失により本件事故が発生したものであるから、被告福岡県(以下、被告県という)は、国家賠償法一条により、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。

三  損害

1  傷害の内容・治療経過等

原告達也は、本件事故により、すい臓破裂、肝臓破裂、仙腸関節脱臼、左腓骨神経麻痺等の頻死の重傷を負い、奇跡的にその一命をとりとめたものであつて、昭和四七年九月二九日から昭和四八年三月二六日まで門司労災病院に入院し、その後も今日に至るまで同病院に通院して治療を受けているが、腹部臓器に障害を残し軽易な作業以外の運動しかすることができず(後遺障害等級七級五号)、また右下肢の用を全廃する(後遺障害等級五級五号)等の後遺障害が残つた。

2  損害額

(一) 原告達也関係

(1) 入院雑費等 五五〇、〇〇〇円

原告達也は、前記入院および通院治療に伴う雑費として五五〇、〇〇〇円を要した。

(2) 付添看護費 四四〇、九〇〇円

原告達也は、前記入院期間中および通院に付添看護を必要とし、その費用として四四〇、九〇〇円を要した。

(3) 後遺障害による逸失利益 一二、五八三、五三八円

原告達也は、本件事故当時九歳で、前記後遺障害のためその労働能力を一〇〇パーセント喪失するに至つたが、それは同人の稼働可能な一八歳から六三歳までの間継続し、その間右喪失率に応じた収入喪失を招くものと考えられるから、その逸失利益を、昭和四七年度賃金センサスの一八歳の一般男子の平均賃金(一カ月五六、六〇〇円)を基礎にして年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、別紙計算書(1)記載のとおり、一二、五八三、五三八円となる。

(4) 慰藉料 三、〇〇、〇〇〇円

原告達也は、本件事故により、頻死の重傷を負い奇跡的にその生命をとりとめたものの、前記のような後遺障害が残つているものであつて、その被つた精神的肉体的苦痛に対する慰藉料額は三、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

(5) 損害の填補 二〇一、一三〇円

原告達也は、本件事故による損害賠償として、被告会社から、昭和四八年三月二七日に一〇〇、〇〇〇円、同年五月一日に一〇一、一三〇円合計二〇一、一三〇円の支払を受けた。なお、本訴請求外治療費として、自賠責保険および社会保険等から合計一、六〇五、二五〇円の支払を受けた。

(6) 弁護士費用 一、四〇〇、〇〇〇円

(二) 原告邦関係

(1) 休業損害 三八一、二四二円

原告邦は、原告達也の付添看護のため昭和四七年九月二九日から同年一一月三〇日までの六三日間、および昭和四八年一月五日から同年四月一〇日までの九六日間その勤務していた株式会社松永家具店の休業を余儀なくされたところ、原告邦の賃金は昭和四八年二月末日までは一日平均二、三二四円、同年三月一日以降は一日平均二、六一〇円であるから、この損害を算定すると、別紙計算書(Ⅱ)記載のとおり、三八一、二四二円となる。

(2) 慰藉料 二、〇〇〇、〇〇〇円

本件事故により、その子である原告達也の被つた頻死の重傷とそれに原因する甚大な後遺症は死亡に比肩しうるものであり、そのために原告邦の被つた精神的苦痛に対する慰藉料額は二、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

(3) 弁護士費用 三五〇、〇〇〇円

(三) 原告幸子関係

(1) 慰藉料 二、〇〇〇、〇〇〇円

本件事故により、その子である原告達也の被つた頻死の重傷とそれに原因する甚大な後遺症は死亡に比肩しうるものであり、原告幸子の被つた精神的苦痛に対する慰藉料額は二、〇〇〇、〇〇〇円を下らない。

(2) 弁護士費用 二五〇、〇〇〇円

四  結論

よつて、原告らは被告らに対し、第一記載のとおりの判決(原告達也および同邦についてはその前記損害の一部)を求める。

第三請求原因に対する被告らの答弁

一  被告会社

1  請求原因一項1ないし4の事実は認めるが、5の事実は否認する。

2  請求原因二項1の事実は認める。同2の事実は訴外池田の過失の点を除くその余の事実は認めるが、右過失の点は否認する。

3  請求原因三項の事実中、1の事実は不知、2の事実はすべて否認する(ただし、(一)(5)のうち原告達也が支払を受けた治療費の額は認める。)。

二  被告県

1  請求原因一項の各事実は認める。

2  請求原因二項3の事実は否認する。

すなわち、訴外入江および同友納両巡査は手信号により交通整理を行つていたものではなく、本件交差点は信号機による交通整理が行われていたものであつて、右両巡査は事故当時その時間帯は交通量が多いのでその交通監視・指導に当つていたものである。また、加害車の進入速度等本件事故発生時の状況から考えて、加害車の本件交差点への進入を右両巡査が制止措置をとることは不可能であつたのであり、仮に制止措置をとり得たとしてもそれが加害車の運転者である訴外池田に了解されて停止する以前に本件事故が発生したであろうことは疑問の余地がない。以上のとおり、入江、友納両巡査としては、本件事故の回避の可能性は全くなかつたのであり、結果回避可能性のないところに過失は存しない。

3  請求原因三項の事実中、1のうち傷害の内容は認めるが、その余の事実はすべて不知(ただし、(一)(5)のうち原告達也が支払を受けた治療費の額は認める。)。

第四被告らの主張

一  被告会社

1  免責の抗弁

本件事故は、本件事故現場において交通整理に当つていた警察官および原告達也の過失、ならびに訴外北九州市の工作物設置等の瑕疵が競合して発生したものであつて、加害車の運転者である訴外池田には過失がなく、また加害車には構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたから、被告会社には本件事故による損害を賠償する責任がない。すなわち、

(一) 被告県の過失

本件事故現場は、信号機による交通整理の行われている交差点であるが、本件事故発生当時、右現場では門司警察署勤務の巡査二名が交通整理に当つており、交差点の状況如何によつては自ら手信号等によつて車両および歩行者を進行せしめあるいは誘導していたのであるが、訴外池田の運転する加害車が対面の青色信号に従つて北から南へ向け交差点に進入し、途中黄色信号になつたのでそのまま直進して通過しようとしたところ(加害車は先行するバス、大型トラツクに続いて時速一五ないし二〇キロメートルで交差点に進入したが、通常ならば四ないし五秒間で交差点を通過し得たのに、先行車が右折のため交差点内に停車したので、これを避けて通過しようとしたため、交差点中央部に至つたとき信号が黄色となつたものである。)、右両巡査は、右交差点の南側横断歩道を原告達也が対面の信号が赤色であるにもかかわらず西から東へ向け走つて横断しようとしているのに気づかず、それを制止しなかつたため本件事故を発生させたものである。

信号機により交通整理の行われている交差点で交通整理に当る警察官は、交差点における交通関与者の動静に十分な注意を払い、信号等に従わないものがあるときは直ちにこれを制止し、あるいは交通の状況に応じて適宜の措置をとるべき注意義務があるにもかかわらず、前記両巡査はこれを怠り、赤色信号を無視して横断歩道にとび出した学童があるのに気づかず、あるいはこれに対し危険防止のため加害車を停止せしめる等適切な措置をとらなかつたものである。

(二) 原告達也の過失

原告達也は、本件事故当時小学校四年生で、級友二名とともに本件交差点の南側横断歩道を西から東へ向け横断すべく一旦待機したが、その待機の位置からは右交差点に設置されている鉄塔および植込みが邪魔になつて対面の信号機の表示が見えない状況にあつたため、未だその信号機の表示が赤色であるにもかかわらず、右級友とともに小走りで横断をはじめた。そして、右級友のうち一名は、約三メートル進んだ地点で対面信号が赤色であることに気づいて引き返したが、原告達也はそのまま横断歩道を駆け抜けようとして、折柄右交差点を北から南へ向け通過しようと進行していた加害車の右側面に体当りするように衝突したものであつて、同人は衝突するまで加害車に全く気づかなかつたものである。

以上のとおり、本件事故の発生につき、原告達也には信号機の表示に反して横断を開始し、そのうえ交差点を通過する車両に対する注意を払わなかつた過失がある。

(三) 北九州市の工作物の設置等の瑕疵

本件事故当時、本件交差点中央部より北側、事故の発生した横断歩道の横の中央分離帯部分には北九州市によつて高さ一・四メートル、幅三メートルの樹木の植込みおよび鉄塔が設置されていた。そのため、右横断歩道の西側端からの信号機の表示への視界をさえぎり、また右交差点を北から南へ通過進行する車両から右横断歩道への視界をさえぎつていた。

右のような状況にあるため、本件においては、加害車の運転者である訴外池田および原告達也とも互いに相手の存在を確知することができず、本件事故の発生を招来するに至らしめたものであつて、北九州市の右工作物設置および竹木の植栽の瑕疵が本件事故発生の原因となつているものである。

2  過失相殺の主張

仮に、本件事故の発生について訴外池田にも過失があり、被告会社に本件事故による損害賠償の責任があるとしても、原告達也にも前記のとおり重大な過失があるから、損害額の算定につき右過失を斟酌すべきである。

二  被告県

原告達也は、本件事故による後遺障害の補償として自賠責保険から二、九五〇、〇〇〇円(自賠法施行令二条の別表五級該当)の支払を受けた。

第五被告らの主張に対する原告らの答弁

一  被告会社の免責の抗弁および過失相殺の主張は否認する。

すなわち、本件事故の発生について原告達也には全く過失はない。

二  被告県主張の後遺障害の補償金の支払われたことは認める。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

被告県との間では請求原因一項の事実につき争いがなく、被告会社との間では請求原因一項1ないし4の事実につき争いがなく、5の事故態様については後記二2認定のとおりである。

二  責任原因

1  運行供用者責任

請求原因二1(一)の事実は当事者間に争いがない。従つて、被告会社は、その余の責任原因につき判断するまでもなく、免責の抗弁が認められない限り、自賠法三条により、本件事故による原告らの後記損害を賠償する責任がある。

2  事故の原因

成立に争いのない第一、第七号証、乙第一号証の一ないし一〇、第二ないし第四、第八、第九、第一三号証、丙第一ないし第一〇号証、証人友納一男の証言によると、次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は、幅員約九メートルの車道の両側に幅員約二・五メートルの歩道のあるほぼ東西に通じるコンクリート舗装のなされた道路(以下、交差道路という)と、ほぼ南北に通じるコンクリート舗装のなされた道路(以下、本件道路という)とが交差する信号機の設置されている交差点(以下、本件交差点という)であつて、本件道路の右交差点の北方は幅員約一〇・八メートルの車道の両側に幅員約二・六メートルの歩道があり、南方は幅員約一六メートルの車道の両側に幅員約三・五メートルの歩道があり、また右車道(交差点の南方のみ)には幅員約三メートルの中央分離帯が設置されていた。本件道路は本件交差点の近くにある競輪場でその南方方向は行き止まりとなつており、右交差点付近で南に向け約四パーセントの上り勾配となつていた。なお、信号機の表示の周期は、本件道路の対面表示が青色一九秒、黄色三秒、赤色四五秒、交差道路の対面表示が青色四一秒、黄色四秒、赤色二二秒、両道路の表示が赤色二秒であり、交差点の各出入口付近には横断歩道の標示がなされていた。そして、前記中央分離帯は本件交差点の南端の横断歩道によつて分断され、右横断歩道の北側に約二メートル残存し、そこには高さ約一・四メートルの雑木の植込みと、街路灯用の鉄柱が設置され、右鉄柱には交通標語の看板がとりつけられていた。本件交差点付近の交通状況は、交通道路の車両の交通量は多いが、本件道路の車両の交通量は少なく、ことに右交差点を直進して南方へ向う車両は極めて少なかつたが、右交差点の南方の本件道路東側には小学校があつたところから登下校時には右交差点の南端の横断歩道を横断する児童は多かつた。

(2)  訴外池田準一は、加害車を運転して本件道路を北から南へ向け進行して本件交差点に差しかかつたのであるが、同交差点で右折のためバス、その後に同訴外人の同僚の運転する二台の大型貨物自動車が右折のため停車していたのでその後に停車し、先行車の右折進行につれて漸進したが、直前の先行車が右折にかかつてつかえた際に、やや道路左側に移動したものの右先行車の後部が邪魔になつて直進できなかつたため右交差点の北端の横断歩道の上に停車し、右先行車の進行により直進が可能となつたので発進したものであるところ、右発進の際には対面の信号機の表示は黄色になつていたのにこれを看過して時速約一五キロメートルで右交差点に進入し、交差点内ではじめて信号の表示に気づいて加速して進行したが、本件交差点の両端の横断歩道に差しかかる際にはすでに右信号表示は赤色になつていたのに右横断歩道上の横断歩行者の有無およびその動静に注意することなく漫然と右速度で進行したところ、右横断歩道を対面の信号機の青色表示に従つて西から東へ向け小走りで横断している原告達也に気づかず、加害車の右側前輪付近を同人に衝突させて転倒させ、右側後輪で轢過した。なお、訴外池田は、日頃、自動車を運転して本件交差点はよく通るところから付近の交通状況は知悉していた。

(3)  被告県の門司警察署に勤務する警察官である訴外友納一男および入江修一は、本件事故当時は秋の交通安全週間であつたので、本件交差点において、交通指導・監視の職務に従事し、訴外友納は前記中央分離帯の北端の北側約一・四メートルの地点に北側を向いて立ち、訴外入江は本件交差点の西側の横断歩道の東端付近におおむね北側を向いて右職務を行つていた。そして、右両訴外人は前記右折車があつたためその誘導を行つたのであるが、訴外友納は、右誘導を終えたのち、信号を無視して交差点中央付近まで進行して来ている加害車(その時点では対面の信号表示は赤色になつていた)を認めたが、同車の進路前方の交通状況の把握にのみ気をとられて同車に対する何んらの措置をすることなく、本件交差点の東側つづいて南側へと視線を向けたところ、本件事故が発生した。なお、訴外入江は、信号無視して交差点へ進入した加害車に訴外友納よりも遅く気づいたものであり、また訴外友納と同様に同車に対して制止措置等何んらの措置もとつていない。

以上の事実が認められ、証人友納一男の証言および乙第二、第三、第九号証、丙第一ないし第四、第一〇号証のうち右認定に反する部分、右認定に反する乙第五ないし第七号証は前掲各証拠を総合して考えるとたやすく採用できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない(乙第九号証には、加害車は対面の信号が青色のとき発進したものであり、また警察官がいるのに信号を無視して交差点へ進入することはありえない旨の訴外池田の供述記載があるが、乙第九号証、丙第一〇号証によると、同訴外人は発進してのちにはじめて訴外友納に気づいたことが認められるのであつて、この点からも右供述部分は採用できない。)。右認定事実によると、本件事故は、加害車の運転者である訴外池田の信号無視による交差点進入および前方注視義務違反の過失により発生したものと認めるのが相当である。

また、右認定事実によると、本件事故の発生について、訴外友納および同入江にも、右折車の通過・誘導にのみ注意を奪われて直進車の有無およびその動静に対する注意を怠つた過失(交差点中央付近まで進入してはじめて気づいている)、および前記職務に従事中の警察官としては信号無視して交差点に進入する車両のある場合はまず急停車の措置を講じたのち、交通状況に応じて交差道路から進入して来る車両の進行の妨げとならない場所まで移動させる措置をとるべきであるのに、これを怠り、赤色信号で交差点内を進行している加害車を認めながらこれに対して何んらの制止措置をとらなかつた過失があると認めるのが相当である(なお、証人友納一男は、本件のような場合加害車を急停車させると、かえつて交差道路から進入して来る車両との事故発生の可能性がある旨供述するが、登校時刻であつて多数の児童が登校中であり、登校のため本件交差点の南端の横断歩道を西から東へ横断する児童のあることは十分に考えられるのであるから、漫然と加害車の進路前方の道路状況に視線を向けることなく、まず信号無視の加害車を急停車させるべきであつたと考える。)。

従つて、被告県は、国家賠償法一条により、本件事故による原告らの後記損害を賠償する責任がある。

三  被告会社の主張に対する判断

前記二2認定のとおり、本件事故は加害車の運転者である訴外池田の過失により発生したものであるから、その余の点について判断するまでもなく、被告会社主張の免責の抗弁は理由がない。

また、前記二2認定のとおり、原告達也は青色の信号表示に従つて横断歩道上を横断歩行していたものであるから、同人に本件事故の発生について過失相殺をなすべき過失はないと解するのが相当である。従つて、被告会社の過失相殺の主張は理由がない。

四  損害

1  傷害の内容、治療経過等

成立に争いのない甲第八ないし第一〇号証、被告県との間では成立に争いがなく、被告会社との間では弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第六号証の二、証人角茂男の証言、原告邦および同幸子各本人尋問の結果によると、原告達也は、本件事故により、臓挫創、腸間膜損傷、肝臓挫傷および血腫形成、右仙腸関節脱臼、恥骨結合離開、左大腿骨骨端線離開、左足部圧挫創、左足立方骨、中足骨骨折、右腓骨神経麻痺等の傷害を受け、昭和四七年九月二九日から昭和四八年三月二六日まで一七九日間、および昭和四九年三月一一日から同年同月二二日まで一二日間門司労災病院に入院し、昭和四八年三月二七日から昭和四九年三月一〇日まで、および同月二三日から昭和四九年七月三〇日までの間同病院に通院(通院回数は通じて一一二回)して治療を受けたが、骨盤の変形、右下肢が一センチメートル短縮し、右腓骨神経麻痺のため右足関節および足趾の背屈運動が不能であり、右下肢の粗大筋力の減弱のため単肢起立は困難で、起立後の保持、杖なしでの歩行も可能ではあるが、跛行が著しく(約一〇歩ぐらい歩くと両足が外反位となり、かつ右足の下垂が強くなり歩行困難となる)、左膝関節・左足関節の機能障害、左上肢に約一八センチメートルと約一四センチメートルの手術瘢痕および左足背部に広範囲の移植皮膚瘢痕等の後遺障害が残つたことが認められる。

2  損害額

(一)  原告達也関係

(1) 入院雑費 九五、五〇〇円

原告達也の前記三1認定一九一日間の入院中、入院に伴う雑費として一日五〇〇円の割合による一九一日分合計九五、五〇〇円を要したことは経験則上これを認めることができる。なお、原告邦本人尋問の結果およびこれにより真正に成立したものと認められる甲第一一号証によると、右入院雑費として右金額を超える金員を出損していることが認められないではないが、右認定金額を超える部分については、本件事故と相当因果関係があるとは認め難い。

(2) 付添看護費 四四〇、九〇〇円

前記三1認定の原告達也の傷害の部位・程度、その年齢、原告邦本人尋問の結果および弁論の全趣旨ならびに経験則によると、原告達也は、前記四1認定の一九一日間の入院中および一一二日の通院に付添看護を必要とし、原告幸子の妹が付添看護にあたつたが、その費用として原告達也主張の四四〇、九〇〇円を下らない費用を要したことが認められる。

(3) 後遺障害による逸失利益 七、五五〇、一二三円

成立に争いのない甲第六号証の七によると、原告達也は本件事故当時九歳一〇月であつたことが認められるところ、昭和五一年簡易生命表および経験則によると、原告達也はその主張のとおり一八歳から六三歳までの四五年間稼働が可能であり、前記認定後遺障害がなければ、その間その主張のとおり昭和四七年度賃金センサス第一巻第一表により認められる一八歳~一九歳の一般男子労働者の平均賃金である一カ月五六、六〇〇円の収入は挙げ得たものと推認される。

そこで、労働能力喪失の程度について検討するに、幼時に身体障害を被つた者は将来その障害の影響を受けることの少ない職業を選択するであろうこと、および訓練・習熟、補装具の使用等により障害の克服をなすであろうと考えられるところ、原告達也の場合も右のような職業選択、障害克服の努力がなされるものと推認されること、労働省労働基準局長の通牒(昭和三二年七月二日付基発五五一号)の労働能力喪失率表、その他諸般の事情(ちなみに昭和四九年度の賃金センサスによると、一八歳~一九歳の一般男子労働者の平均賃金額は一カ月八四、一五八円であることが認められる。)を合せ考えると、原告達也は前記認定後遺障害により、前記認定収入額を基準に考えてその労働能力の六〇パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

従つて、原告達也の後遺障害による逸失利益は、年別のホフマン式による年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、別紙計算書(Ⅲ)記載のとおり、七、五五〇、一二三円となる。

(4) 慰藉料 三、〇〇〇、〇〇〇円

前記四1認定の原告達也の被つた傷害の部位・程度、治療の期間・経過、後遺障害の内容・程度、本件事故の態様、その他本件に現われた一切の事情を合せ考えると、原告達也の慰藉料額としては、同原告主張の三、〇〇〇、〇〇〇円は相当であると認められる。

(5) 損害の填補 三、一五一、一三〇円

原告達也が本件事故による損害賠償として、被告会社から二〇一、一三〇円、自賠責保険から後遺症補償金として二、九五〇、〇〇〇円合計三、一五一、一三〇円の支払を受けたことは同原告の自認するところである。

よつて、被告らは各自原告達也に対し、前記(1)ないし(4)の損害額合計一一、〇八六、五二三円から右填補分三、一五一、一三〇円を控除した残額七、九三五、三九三円を支払う義務がある。

(6) 弁護士費用 七〇〇、〇〇〇円

本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、原告達也が本件事故による損害として被告らに対して賠償を求め得る弁護士費用の額は七〇〇、〇〇〇円が相当であると認められる。

(二)  原告邦、同幸子関係

(1) 原告邦、同幸子の慰藉料

不法行為によつて傷害を被つた者の両親が自己の権利として慰藉料を請求できるのは、そのために被害者が生命を害された場合にも比肩すべきか、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を受けたときに限ると解すべきところ、前記四1認定の原告達也の被つた傷害の部位・程度、治療の経過・期間、後遺障害の内容・程度、その他本件に現われた一切の事情を考慮すると、原告達也の両親である原告邦および同幸子が本件事故による原告達也の傷害により多大の精神的苦痛を受けたことは認められるが、いまだ原告達也の生命が害された場合にも比肩すべきか、または右場合の比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けたものとは認め難い。従つて、原告邦および同幸子の慰藉料の請求は理由がない。

(2) 原告邦の休業損害 一四六、四一二円

原告邦および同幸子各本人尋問の結果によると、原告邦は、本件事故当時、株式会社松永家具店に勤務していたが、原告達也の付添看護のため、昭和四七年九月二九日から同年一一月三〇日までの六三日間、および昭和四八年一月五日から同年四月一〇日までの九六日間休業し、その間給与の支払いを受けられなかつたことが認められる。

ところで、前記四1認定の原告達也の被つた傷害の部位・程度、その年齢等からすると、昭和四七年九月二九日から同年一一月三〇日まで六三日間は、前記四2(一)(2)の付添人の他に原告邦が休業して付添看護にあたつたのは止むを得なかつたものと認められるが、原告邦主張の昭和四八年一月五日から四月一〇日までの間は同原告の休業にもかかわらず休業して付添看護にあたるまでの必要があつたとは認め難い。

そして、原告邦本人尋問の結果およびそれにより真正に成立したものと認められる甲第一二号証によると、原告邦は本件事故当時、前記稼働により、同原告主張の一日平均二、三二四円を下らない収入を得ていたことが認められる。

従つて、被告らが支払うべき本件事故による原告邦の休業損害は一日二、三二四円の割合による六三日分合計一四六、四一二円となる。

(3) 弁護士費用 二〇、〇〇〇円

本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らすと、原告邦が本件事故による損害として被告らに対して賠償を求め得る弁護士費用の額は二〇、〇〇〇円が相当であると認められる。

五  結論

以上の事実によると、被告らは各自、原告達也に対し八、六三五、三九三円、原告邦に対し一六六、四一二円を支払う義務があり、右原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、右原告らのその余の請求および原告幸子の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新崎長政)

計算書

(Ⅰ) 原告達也主張の後遺障害による逸失利益

56,600円×12×18.527=12,583,538円

(注)25.805(54年の計数)-7.278(9年の計数)=18.527

(Ⅱ) 原告邦主張の休業損害

2,324円×118+2,610円×41=381,242円

(Ⅲ) 原告達也の後遺障害による逸失利益

56,600円×12×0.6×18.527=7,550,123円

(注)25.805(54年の計数)-7.278(9年の計数)=18.527

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